目次

体験内容
本格的な道具を使い蕎麦打ちをしていただきます。指導には地元のお母さんが優しく指導してくれます。また、蕎麦打ちとは関係ない話しなども飛び出すかもしれません。そして、出来上がった蕎麦はその場で試食します。昼食としてもとても楽しい記念となる美味しいお蕎麦を頑張って打ちましょう!余った蕎麦はお持ち帰りできます。
こんな方におすすめです。
手ぶらで手打ちそばを体験してみたい
手軽に手打ちそばを楽しみたい方
三瓶の有名な料理を食べてみたい方
三瓶でアクティビティを探している方
親子で料理作り体験がしたい方
体験企画をお探しの方
雨の日の観光でお困りの方
特徴のある体験

三瓶そばの魅力を知る
旅の記憶に、ちょっとした“学び”を添えて。
体験がぐっと深まり、味わいもひとしおになります。

蕎麦打ち
貴重な「三瓶そば」の粉で蕎麦打ち体験。粉からこねて、本格道具で楽しく仕上げます!5人前を打ち残りはお土産。

食べる
自分で打ったそばを試食します。
お母さんたちの野菜を使った手作りの料理と合わせ定食にして食べられます。

地元の人との楽しい交流
講師の地元のお母さんたちと世間話や観光の話しなど、見て帰るだけでなく地元の人との交流はより深い経験になります。
蕎麦打ち体験のご案内
・初めての方も大歓迎!
地元のお母さんが丁寧にサポートしますので、経験がなくても安心です。
・親子での参加もOK!
小さなお子さまも、保護者の方と一緒に楽しめます。ご家族の思い出作りにもぴったり!
・手ぶらでOK!
道具やエプロンはご用意しておりますので、気軽にご参加いただけます。
・所要時間:約150分
蕎麦打ちから茹で上げ・試食までを一通り体験していただけます。
自分で打った蕎麦の味は格別です!
・アレルギーについて
蕎麦粉を使用しますので、蕎麦アレルギーのある方はご遠慮ください。
・事前予約制です
準備の都合上、体験は完全予約制となっております。
ご希望の日時・人数を事前にお知らせください。
団体でのご参加もご相談いただけます。
タイムスケジュール
| 10:00 | 受付・手洗い・ エプロン着用 |
| 三瓶蕎麦の説明 | |
| 石臼で蕎麦の実を 粉にします | |
| 蕎麦打ち体験 | |
| 片付け・休憩 | |
| 12:30 | 試食・解散 |
指導者
地元のお母さん
蕎麦打ちを受け継ぐ、地元の三瓶蕎麦ゼミナールで学ぶ生徒さんでもある。毎月に2回蕎麦を打ち、三瓶蕎麦についても栽培に関わっている方もおり、また、地元宿泊施設で長年蕎麦を提供してきた方ばかり。いつも笑い声の絶えない気さくなお母さんたちです。

蕎麦打ち体験参加の流れ
- 蕎麦打ち体験1週間前までに、申し込みフォームにてご連絡ください。
- 当日、蕎麦打ち体験の開始のお時間までに会場までお越しください。
- エプロンやバンダナなどはこちらで用意しています。手ぶらの参加で構いません。
- そばが余った場合お持ち帰りとなりますが、その際の容器もご用意しています。
注意事項:参加前にご確認ください
- 開催当日のキャンセル料金50%が発生いたします。
User Review
体験者の声
そばがつなぐ、人と地域の未来
高齢化と人口減少が進む中山間地域で、住民が力を合わせて10年後の未来を描いた地域計画。
その中で生まれたのが、地元の在来種そばを活かした「三瓶蕎麦」の取り組みです。
当たり前すぎて見過ごされてきた“そばの文化”を掘り下げてみると、代々受け継がれてきた特別な思いがありました。
この地域に根づくそば栽培やそば打ちの技術を「地域の宝」として捉え、体験事業として提供しています。
地元の職人やお年寄りからそば打ちを学ぶことで、地域の空気や人とのつながりを感じられる特別な時間に。
子どもから大人まで参加でき、世代を超えた交流の場にもなっています。
また、在来そばの魅力を伝えるため、小中学校との連携授業やイベントでの実演、出張体験なども展開。
そばを通して、人がつながり、地域が元気になっていく。
それが、私たち三瓶蕎麦の目指す姿です。

島根の蕎麦の歴史
島根の蕎麦文化、その源流に志学の香りも
「島根の蕎麦」といえば、まず思い浮かぶのは出雲そば。その豊かな香りと歴史は、ここ志学の地にも色濃く息づいています。
島根県に蕎麦文化が広まった背景には、いくつかの説があります。最も知られているのは、松江藩主・松平直政公が信州からそば職人を連れて松江に移り住んだという説。1638年のことです。そば好きとして知られる直政公によって、松江を起点に島根各地へと蕎麦文化が伝えられていきました。
一方、私たち大田市の人間としては、もうひとつの説を語らずにはいられません。世界遺産・石見銀山で知られる大森に、初代奉行として赴任した大久保長安が1601年、すでにそば職人を連れていたという説です。これが事実であれば、全国でもかなり早い段階でこの地に蕎麦が根付いていたことになります。
とはいえ、島根の蕎麦といえばやはり「出雲そば」。その名を全国に知らしめたのが、不昧公(松平治郷)です。茶人としても名高い不昧公は、蕎麦を茶会の料理に取り入れ「蕎麦会席」という新しい文化を築きました。こうして出雲地方には「蕎麦とお茶のまち」という独自の食文化が定着し、現代にもその香りを残しています。
“出雲そば”とは、まさに不昧公好みの食べ方。歴史と美意識が調和した、島根ならではの蕎麦文化なのです。


三瓶・志学に息づく「蕎麦のある暮らし」
この地域では、昔から蕎麦が暮らしに寄り添う身近な食べ物でした。
とくに「ハレの日」――祝い事や祭りの日には、蕎麦を打って食べるのが当たり前の風景だったといいます。
各家庭には蕎麦打ちの道具が揃えられ、「あそこのそばは美味しい」などと、家ごとに異なる味や作り方が伝えられてきました。今も残る陶器の蕎麦鉢、太いのし棒、独特な形の蕎麦切り包丁は、どれも今では見かけない味わい深い道具ばかりです。
昔の蕎麦は、製粉技術の影響で殻が多く混ざり、切れやすいため、太くて短い「どじょう汁」とも呼ばれるような蕎麦が主流でした。その影響か、今でも「太くて噛みごたえのある蕎麦が好き」という地元の方は少なくありません。
食べ方にも地域ならではの特色があります。釜揚げ蕎麦が一般的だったため、朱塗りの椀が使われ、冷たい蕎麦は大きなザルに盛って豪快に食べられることも。祭りの場では「割子スタイル」で供されるのも、島根らしい蕎麦文化のひとつです。
さらに志学では、蕎麦を使ったユニークなイベント「蕎麦早食い競争」も伝統です。割子の器を7段積み、誰が一番早く食べられるかを競うこの催しには、地元の人だけでなく、観光客も多く参加し、大いに賑わいました。
現在も、志学の盆踊りでこの競争が行われ、帰省客や観光客に楽しまれています。
志学の蕎麦文化は、日常とお祝いごと、そして人と人とをつなぐ温かな存在として、今も受け継がれています。

伝統と再生:三瓶蕎麦復活の歩み
自然が育む在来の恵み
島根県・三瓶山の麓、標高約500mの高原地帯で育つ三瓶在来そば。
活火山・三瓶山から生まれた火山灰土壌と、昼夜の寒暖差が生む豊かな自然環境が、そばに独特の甘みと香り、粘りを与えます。
この地で守り継がれてきた在来種は、野生種に近い個性を保つ希少な存在。農林水産省の地理的表示(GI)にも登録された、全国的にも注目の地域ブランドです。
一度は衰退した三瓶そばの生産ですが、1998年頃から地元のそば愛好家や有志が立ち上がり、復活に向けた取り組みがスタート。
蕎麦は交雑しやすいため徹底した管理が必要となることから三瓶周辺の地域が手を取り
地域ぐるみで栽培と普及に取り組んだ結果、2018年には生産農家が9軒に増え、栽培面積も18.5haへと拡大。現在も少しずつ広がりを見せています。
品質の高さが評価され、今では地元そば店だけでなく、県内外の製粉業者やそば店からも注目を集め、多くの問い合わせが寄せられるようになりました。

歴史
当時の三瓶蕎麦の評判
明治時代に発行された『蕎麦志』には、全国17の産地の中で「安濃郡三瓶山の産が佳い」と記されており、三瓶そばの品質の高さが広く認識されていました。また、昭和初期まで三瓶そばは重要な産物として生産され続け、昭和7年には俳人・河東碧梧桐が三瓶山を訪れ、旧家・森山家でふるまわれた三瓶そばの美味しさに驚き、信州の戸隠そば以上だと賞賛したという逸話もあります。


三瓶温泉と三瓶蕎麦の広まり
三瓶地区でそばが最も盛んになったのは、明治10年(1877年)に三瓶温泉の入湯浴場が開設されたことがきっかけです。入湯客に食膳として提供されるようになり、三瓶そばは温泉地の名物となりました。さらに、明治後半に三瓶温泉が陸軍演習場となり、そこで食堂(酒保)でも三瓶そばが出され、名声が高まりました。
戦後の食糧難時代には、各家庭でそば畑を作り、三瓶そばの生産量は増加しました。この時期、ほとんどの家庭にそば畑があったと言われています。しかし、昭和30年代後半になると食糧事情が改善し、農家の高齢化なども影響して生産量は減少、そばは自家消費の範囲にとどまるようになりました。
三瓶わさびとの相性
三瓶在来そばには、地元で栽培された「三瓶わさび」が薬味として添えられます。湧き水が豊富な三瓶山麓で育まれたこのわさびは、香り高く、爽やかな辛味と甘みが特徴。三瓶そばの味を一層引き立てます。かつて全国有数の生産地として栄えた三瓶山のわさびも、今なお高品質なものが生産されています。

問い合わせ
〒694-0222
島根県大田市三瓶町志学2065−2
志学まちづくりセンター
石見交通バス
三瓶線下の町バス停
徒歩 5分
営業時間 8:30-17:30(土・日・祝日除く)
